ここのバンドのギターの人と仲良くなりました。恐れ多くて連絡先交換できなかったけど!(挨拶)
大学生の知人が、就活だなんだと言っていて、私はいよいよ自分の人間的価値が落ち始めていることに気付くのです。
その人は建築系の学科で、スーパーゼネコンを受けるつもりだが施工管理はどうだとか、そもそも最大手は受かる気がしないとかそういう非常に現実的で生産性のある話をペラペラと聞かされ、はて、私は一体何のために生きているのだろうかと。
人間、体力と見た目で人生が大きく左右されると思います。学力はその次。
私は1日7時間労働しただけでクタクタなのに、世の大学生は日中授業を受けてその後バイトをして、夜友達と飲みに行っているじゃないですか。
この差は何?老い?そうであってくれ。いやそうであってくれないでくれ。(言語の崩壊)
豚山のカウンターで大学生らがインターンシップの話をしていました。
なあ、頼むからそういう話は私のいないところでやってくれないか。
私があまりにみじめじゃないか。障害者の前で障害の話をしてはいけない。
私は自らの価値を知るために今は労働者として生きています。これがもっとも簡単で手っ取り早い存在証明だからね。
ところが、こんなものに優位な価値なんかほとんどなく、確実に誰かの下位互換であることを否が応でも思い知らされます。
人生をラクに生きられるかどうかは、これに耐えられる鈍感力を身につけることに懸かっていそうですね。(思考停止、あるいは現実逃避かもしれませんが。)
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上記とは少し関連しているのですが別の話題としてもう一つ雑感。
人間ってやっぱり自分の知っているコミュニティを「全」だと思い込む(込むっていうのはちょっと語弊があるかも。)"きらい"があると思います。
例えば、ずーっと真面目な人間しか交友関係のない人は、ちょっと不真面目な人に対して理解を示さないだろうし、その逆もまた然り。
縄張り意識的な。
私は既にコミュニティに属すのをやめました。やめましたというか、生まれたときからそういうものが苦手な自覚がありましたね。
以上。
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