森を彷徨う二人はお菓子でできた家を見つけます。ヘンゼルは欲求を抑えることなく壁のレープクーヒェンに飛びつきました。
「グレーテルも食べなよ。これ、すごくおいしい」
グレーテルには森の中にあるお菓子の家がとても不気味に見えていました。かつて父に読み聞かせてもらった本の中の一風景に、自分の置かれている状況が酷似していたからです。その本に出てくるお菓子の家には炎の魔女が住んでいて、森へ迷い込んだ子供を家の中に誘い込み食べてしまうのです。
「ねえ、危ないよヘンゼル。毒があるかもしれないし、なによりこんなところにお菓子の家があるなんて変だよ」
グレーテルは空腹と戦いながらもヘンゼルを諭そうとしました。あの本の物語が架空のお話だと頭では理解していてもやはり怖いのです。グレーテルはこの場を離れるようヘンゼルに説得を試みます。
「どうせこのまま迷っていたらすぐに死んでしまうよ。でもこのお菓子の家に住めば大丈夫。きっと生き延びることができるさ。幸い人は住んでいないようだ。グレーテル、君もお腹が空いているだろう。さあお食べ」
グレーテルにも限界が来ていることは誰が見ても分かることでした。もともと痩せている彼女はさらにほっそりとしていて、今にも膝から崩れそうでした。もう3日間、何も口にしていないのです。確かに、どうせこのまま死ぬくらいなら目の前に居座る恐怖の欠片を頂いたほうが良いのかも知れません。ヘンゼルから手渡された透き通る砂糖菓子を食べようとした矢先、後ろから声が聞こえました。ヘンゼルは焦りの、グレーテルは恐怖の汗を額に浮かべることになります。
「こらこら、人様の財産を勝手に盗んではいけないよ。いったいこんな森の奥でどうしたんだい。二人ともえらく汚れているね。それに痩せている。村の人間は子どもを森に入れてもいいという教育をしているのかい。とにかく家にお入り。食べてしまったお菓子については今回は見逃してやるから。お腹が空いていたのは見れば分かる」
そこに居たのは鼻の高いお婆さんでした。左手に林檎の入ったかごを持っています。二人の姿を見て迷子だと判断したようでした。きっと家の中でさまざまな施しをしてくれるのでしょう。お婆さんは飴でできた鍵をチョコレートの扉に差し込み、くるっと半回転させます。柔らかな動きで二人を手招きしました。ヘンゼルは安堵の息を漏らし笑顔で扉をくぐりますが、グレーテルの顔色は決して良いとは言えませんでした。ヘンゼルを助けるには自身も檻の中に身を投じるほかありません。グレーテルは真っ青な顔をお婆さんに気遣いされながらも無言で中に入るのでした。
(続きます)
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