F

2012/08/26

ヘンゼルとグレーテル3

「グレーテル、なんだいそれは」
ヘンゼルが覗きこんできます。グレーテルは指先を震わせながらも本を開きページを捲ります。そのお話は、確かに載っていました。
「ねえ、グレーテルったら、応えてくれたっていいじゃないか」
「ヘンゼル、これを読んで」
ヘンゼルは読書が好きではありませんでしたが、グレーテルの変に真剣さを帯びた声を聞いてしぶしぶ文字列を目で追っていきます。グレーテルも過去の記憶を補完するべくヘンゼルとともに紡がれた物語を読み解いていきました。物語にお菓子の家とお婆さんが登場したところでヘンゼルは言います。
「このお話って、僕らの置かれている状況そのままじゃないか。そうだろう、グレーテル」
グレーテルはヘンゼルの目を見てゆっくりと頷きます。それから本に顔を戻してページを捲りますが、勢い余って数ページ分余計に進んでしまいます。そこにはお婆さん一人だけがニヤリと笑っている悪趣味な挿絵が描かれていました。
「このお話ではね、お婆さんが実は魔女で、最後に二人を食べてしまうの。だから私たちもきっと食べられてしまうわ。だからはやくここを出ましょう。逃げるならば今しかないわ……」
グレーテルは静かにそう言いました。
「散歩に僕を誘ったり、いつもお婆さんの様子を伺っていた理由がようやくわかったよ。このお話のことを僕に相談してくれていれば……いや、それができるなら易いものだったね。今すぐ逃げよう、グレーテル。食料なんかも持ち去ってしまおう」
ガチャリ。チョコレートの扉の鍵が開きました。
「ただいま、ヘンゼル、グレーテル。遅くなって済まなかったねえ。おや、本を呼んでいるのかい。グレーテルも少し元気になったようでなによりさ。すぐ食事の準備をするからね」
ヘンゼルとグレーテルは焦りました。そっと本を本棚に戻し、平静を装うことに努めます。会話を聞かれてしまったかもしれない。すぐにでも食べられてしまうかもしれない。すぐにでも逃げ出したい。
お婆さんはいつもすぐに食事を出してくれます。もちろん今日も。二人は黙ってこれを食べるのでした。
その夜、いつものようにお婆さんは二人がきちんと寝るまでずっと起きていました。もちろん二人だけの秘密の会談は開くことができません。静かな森の中に家があるのですから、小さな話し声でも目立ってしまうのです。ヘンゼルは何やら布団の中でもぞもぞとしていましたが、お婆さんは特に気にかける様子もなく、編み物に勤しんでいました。手袋を作っているようです。
「ひゃっ」
グレーテルが慣れない感触に慣れない声で応じました。
「どうかしたのかい。グレーテル」
お婆さんが心配して声をかけてくれます。なんでもない、微睡(まどろ)んでいただけだと言いながら、彼女は謎の感触の正体を知り得ます。

(続きます)

0 件のコメント:

コメントを投稿